ファッションを勉強したい初心者さんにすすめる3冊の本

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ファッションをうたうブログなので、たまには本の紹介を。

 

学校では国語や算数などを習いたくなくとも習いますが、ファッションは誰かから手とり足とり教えてもらえるものでもありません。各人がそれぞれのセンスで独自の道を探っていくしかない。

 

だから、洋服に興味を持ちだした年代にさしかかったとき、ファッションとのつきあいかたが学べる教科書的なものがあると便利ですよね~。

 

今回紹介する本は、ファッションが気になるお年頃の人が今後のファッションとのつきあいかたを、もしくはファッションが気になるお年頃をとっくに過ぎてしまった人は改めてファッションについておさらいするのに、適した本だと思います!

 

今回紹介する3冊は、具体的には以下のような人向けの本です。

 

ファッション・ライフのはじめ方

今後のファッションの方向性についての具体的な指針を求める人向け

妹たちへの贈り物

自意識過剰にふりまわされてファッションの袋小路に入ってしまっている人向け

人はなぜ服を着るのか

軟弱で確固たる軸のない「ファッション」というものに自分がふりまわされることに納得いかない人向け 

ファッション・ライフのはじめ方  

 

てっとりばやくメンズファッションの概要をつかむのに超便利な本です。 服だって、人間にとっては単なる道具の一種なはずなのに、 なぜだか我々が服に抱く感覚は独特のものがありませんか。 

 

文房具や電化製品に対するような気持ちとは違うなにか。 胸がイガイガするような、締め付けられるような、向き合いたくないような、でもワクワクするような。

なぜ、洋服には、単なる道具とは違うイメージを投影してしまうのか?

 
洋服について、もやもや~っとしていることをほとんど解決してくれる本。以下のような目的を持つ男子をターゲットとしています。
 
人からカッコよく見られたい、モテたい、流行にのりたい
 
そして、これからファッションライフを始めるファッション初心者に向けて以下のポイントがこちら。
 
ファッション初心者向けのポイント
・サイズ感大事
・髪型大事
・試着大事
・スタイリング大事
 
すなわち、これらのポイントは、人から見てカッコよく見えるためのものです。 キモは「他人から」というところ。自分で自分の好きな服を着てかっこいいと思うかっこよさではなく、「人から」見てかっこよく見えるにはということのためのポイントです。
 
しかし、他人視線のかっこいいを気にし出した瞬間、我々は迷宮にはまりこむともいえます。 人から見た自分を見ることなんて一生できないですから。鏡や画像で見る自分はホントの自分とは別物です。実体のないものを追い求める苦悩のはじまり。
 
思春期あたりの学生向けの本なので言葉遣いも平易です。 そして、思春期をとっくに過ぎてから読んだ時「 もっと早く出会いたかった~!!」と悔しくなるタイプの本です。
 
試行錯誤した末にやっと得た「サイズ感大事・髪型大事・試着大事・スタイリング大事」が、すでに網羅してあるのですから……。
 
ちなみに、小学生くらいの女の子は、文房具に洋服と同じようなイメージを投影していますよね。自分らしさとか、人よりかわいいものを持っていたい(人よりかわいい自分でいたい)とクラスの女子と競争しているのだ。

妹たちへの贈り物 

この本は、ファッションをテーマに、中二病~女性バージョン~を語る本?かも。
 
「妹たちへ」と銘打ってあるように女性向けの本なのですが、 著者が伝えたいことは充分男性にも共感できるものと思います! 

常に焦りまくるモモねーさん

著者は、元『25ans』のエディターで、ファッションジャーナリスト、エッセイストである光野桃。 彼女は、おしゃれの中枢と言えるキャリアを持ちながらも、若かりし頃はファッションについて迷いに迷っています。 ホント面白いくらいに迷います。
 
その迷いは結局は「自分とは何者か」に大きくかかわることなのです。 若いころの著者は、ファッションについて「このままではダメだ」と常に焦りまくっています。
 
おしゃれの中枢で活躍するようになる人でも若かりし頃「自分はダサいかも…」と迷うわけですから、 おしゃれの辺縁、いや、圏外にいる我々が「ファッションわからん」「自分はダサいかも」とビビるのは当然のことなのですよね……。
 
本の中で、モモねーさんは何度かブレイクスルーを迎えます。 だいたい「自分はこういう人間である」という気づきがモモねーさんの悩みを払拭するようです。
 
つまり、自分のことを正確に認識することがファッションの悩みを解決するヒントになるわけなのです。 

ブレイクスルーを迎えるモモねーさん 

本の中での著者の一番のブレイクスルーは、「外発反応」という心理学用語との出会いです。 
外発反応-それは周囲の状況によって自分の行動が影響を受け、左右されるということだと書いてあった。外発反応が高い人というのは、外からの様々な働きかけに対して敏感に反応する人だという。
一着の服を見たとき、「一着の服である」と認識するのが外発反応の少ない人、 「この服を着たい」「誰がこの服を着るのだろう」と感じるのが外発反応の高い人とのことです。
 
著者は自分が外発反応が高いタイプであると感じ、外発反応が高いという敏感さがあるゆえおしゃれが磨かれ、進歩し成長するのだと気づくのです。
 
モモねーさんは自分自身をみつけた!
 
個人的には、この本のクライマックスはこの部分だと思っています。 人によっては、この外発反応にまつわる著者のブレイクスルーを読んでブレイクスルーを迎えるのではないかな……? 

ちょっと脱線。中二病なモモねーさん 

高校から大学ぐらいにかけての頃、よくベッドからガバリと跳ね起きることがあった。朝、~略~ とにかくハッと目が覚める。すると次の瞬間「今のままじゃだめだ」と言う声が頭の中に聞こえてくる。そうだ、だめなんだ、私って何てだめなんだろう、変わりたい、何とかしたい、何とかしなくちゃ
あの頃、私は今よりずっと自分が嫌いだった。何とか違う自分になりたいともがき苦しんでいた。しかし今思い返してみると、小さな殻の中で自家中毒的に堂々めぐりをしていただけのような気がする。つまり自分が嫌いと言いながら、その実、自分のことしか考えていなかったのだ。
 
読んでるこちらも身につまされる。こんな内容のコラムが『nonno』で掲載されていたなんてなんだか不思議です。
 

女性の著者ですが、中二病がごとく現実と理想のはざまで七転八倒する様子は親近感がわくと思います。

 

とともに、おしゃれエディターだった著者が「これじゃだめだ!こんなワタシじゃだめだ!」と自己否定して自我とファッションの間で苦しむ姿にホっとするのではないでしょうか。みな同じなのです。あなたのそばにいるおしゃれな友人も同じ思いを経て今がある。

 
ちなみに、こんなくだりもあります。
 
田園調布のお嬢さん育ちの彼女は私より少しだけ流行に疎かった。どこか野暮ったいところがあった。そこが上品で心休まる彼女のキャラクターのよいところでもあった。共通のおしゃれ話ができるうえに、その相手をわずかばかりリードする関係、それが何ともいえず心地よいということに、私はすでに気づいていたのである。
 
当時は”女子カースト”も”マウンティング”という言葉もなかったはず。
 
今回抜粋した部分以外にも言及したい部分がこの本にはてんこもり。 モモねーさんの観察眼はビシバシと光りまくるのであります!
 
余計なとこまで抜粋して、この本について言いたいことが、なにがなんだかわからなくなってきました。
 
というわけで。 自分はダサいのではと悩むのは皆一緒だし、それでいいのだよ ということがこの本の主旨のように思います。 ファッションについての肩の力を抜いてくれる本です。以上。

 

『妹たちへの贈り物』はどうも絶版になっているようで。 いい本なんだけどなぁ。

ひとはなぜ服を着るのか 

 
この本は冒頭からこんな文章で始まります。
ファッションは「わたしはだれ?」という問いと戯れている。(ロラン・バルト)
ファッション初心者がこれをいきなり読むことはどうなのだろうという気もしますが、ファッションは一旦忘れて、評論文のノリで読んでみては。
 
大学受験した人なら記憶があるかと思いますが、国語の現代文はだいたい、評論が問題文として出題されてましたよね。鷲田氏は、評論の問題文で出題されるよーなタイプの文章を書いてます。
 
と言ってしまうと、とたんに読みたくないという気分になってしまう人も多そうですね……。
 
とはいえ 「ノーカラージャケットが今の気分♪」とか「デキる男は黒を着こなす!!」とか言われてもふわふわしてまとまりがなくてよくわからん、という人も多いのではないでしょうか。
 
つかみのどころのない「ファッション」というものを言葉でとらえるには、これくらい真摯な態度で向かうくらい気合いのある著者でないと難しいものがありそうです。  

ファッションにまつわる悩みの源泉 

ひとはどうしてそうしたセルフイメージの操作にやっきになるのだろうか。社会が都市化したからである。~略~ 都市に人口が流入し、じぶんがだれであるかを各人がじぶんで枠どらねばならなくなって、ひとはアイデンティティという鎧を必要とするようになった。 ~略~ つまり、じぶんは他人とどの点で違うのかを、じぶんで証明しなければならなくなった。
ファッションの悩みは大概、こういうところから来ているのではないでしょうか。 昔は、服装がそのままその人の身分や出自を示していた。
 
今は都市化・均一化しているので、自分というものを自分でデザインしてまわりに示す必要がでてきたということです。
 
妹たちへの贈り物でも光野桃さんはファッションと、自分とは何者かという問題を鏡のようにして悩んでいたわけですよね。
 
哲学の得意技は「自分とは何か」にアプローチすることです。だからこそファッションと自我ということを知るためには、哲学者である鷲田氏の本は最適なのかもな、とも思います。 

ファッションはパラドクス! 

この本ではファッションが語られるたび、逆説的な表現が出てきます。  
“モードとは、無秩序に変えられるためにある秩序である”(ロラン・バルト) 
 
“モードはこうして、≪みずからせっかく豪奢につくり上げた意味を裏切ることを唯一の目的とする意味体系≫というぜいたくな逆説をたくらむのだ” (ロラン・バルト) 
※著者は「モード」をファッションの狭義ととらえています。  
パラドクシカルにきこえるかもしれないが、ファッションはなにが流行るかになんの関心ももっていない。~略~ファッションという領域においては、ものはよいから流行るのではなく、流行っているからよいのである。こういう無条件の強制力が、ファッションという現象に本質的である。
 
男性が女性のファッションの流行を不思議に思って、なぜそんなものを着るのかと尋ねるシーンはよくありますよね。
 
しかし、納得できる理由を得られた人ほとんどいないんじゃないでしょうか!
 
「だってそういう気分なんだも~ん♪」「だってカワイイじゃん」で、説明終了。
 
でも、しょうがないですよね。「ものはよいから流行るのではなく、流行っているからよい」ですから。根拠なんて、なんもないんです。こうして見てみると、女性の方がファッションに親和性があることも納得。
 
逆説を含むようなものでも、感覚的によいとおもったら気にせず受け入れるのが女性。 一方、男性はいちいち根拠を求めたがる。答えが出ないと動けない。
 
しかし、ファッションに根拠なんてないわけですから、男性がファッションについて混乱する傾向があるのは当然かもしれませんね。 
 
まっち

ファッションにまつわるなぞが解けるかも!?

ちょっと前まで流行の最先端でかっこよかったのに、気付けばダサくなっているというアイテムに出くわすと、不思議に感じるのですよね。
 
例えばの話、このブログで提案する少数精鋭アイテムにクロックスは加えていません。理由は「世間に浸透しすぎてダサくなった」から。
 
でも、そのクロックスもまだあまり流通していなかったころはオシャレに見えました。クロックス自体のデザインは変わってません。
 
かっこよさが極まった時、とたんにダサくなり、ダサさが極まると、とたんにかっこよくなる。
 
ファッションって不思議だなあと思うのですが、これもファッションの逆説性のひとつですよね。 それから、この本には、こんなくだりもあります。 

 

ファッションは結局は前のシーズンと異なるということにしか関心がない

 

 
 
Q:そのアイテムがかっこいいという理由を述べよ。 
A:前と違うから。
 
… …そんだけ?理由。前と違うってだけ?
 
でもこれが本質だっていうんですから仕方がないのですっ。
 
 

まとめ:思春期は洋服選びの迷路の入り口 

他人から自分はどう見えるだろう」という問いと「人からかっこよく見られたい」という悩みは同時に始まるのではないでしょうか。男子も女子も、思春期あたりからファッションに興味を持ちだしますよね。

 

思春期は「自分は他人と違う」という意識が芽生え、他人とは違うらしい「自分」が他人にどう見られているかということが気になりだす時期。

 

ファッションのややこしいところは「他者からの視線を考えなくてはならない」ところにあると思います。服を着るのは自分であるにもかかわらず、服を着ている自分のことを自分は見ることはできない。

 

自分の姿に近いものを、鏡やガラスに映して見ることはできますが、その自分の姿も正確な自分自身ではない。 鏡は左右が逆だし、動画に映った自分だって、レンズを通した自分の姿であり、写真だってしかり。

 鏡と男子高校生

他人からの視線を強烈に感じることはない思春期前の時期。気分のおもむくまま自分の好きな服を選ぶか、母親からいわれるがままの服を着ていたのでは。

 

思春期にさしかかると突然、オカンの選ぶ服はダサく感じ、かといって自分の選ぶ服にも自信がなくなる。

 

「自分は人からどう見られているのだろう。ダサいって思われたらヤダな。ていうか、かっこいいって思われたい!」

 

洋服選びの迷路の入り口。 以後、誰もが明確な答えを見つけることのないままファッションについての試行錯誤を続けるわけですが、 そんなときに今回紹介したような本を読むことができれば幸運なのではないでしょうか。

 

漠然としたファッションというものをなんとなくつかめるのではないでしょうか。そうすると、その後のファッションライフがかなり楽になるはず。

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自我とファッションをテーマとする3冊を、ファッションを知る導入としたのは、漠然としたファッションの悩みはほとんど「自分とは何か」もしくは「自分と社会」に集約されると思うから。

 

思春期のうちに、未来の道しるべとなって、自分のファッションの行方を照らしてくれるような本に出会えるのはラッキー!もちろん、思春期をとっくに過ぎてから地団駄を踏みながらこれらの本を読むのも楽しいものです。

 

ついったやってます。ファッションかかわらず(!?)読んだ本についてもつぶやきます☆